鹿児島県霧島市福山町一帯
黒酢の里福山町は、鹿児島市から車で約60分、桜島がある錦江湾の奥側に位置しています。
壷造り黒酢の製造が始まったのは、江戸時代の中期1800年初期からです。なんといっても、福山町一帯は、三方を丘に囲まれ、温暖であり気温差が少なく、酢を作る菌が繁殖しやすい気候でした。丘の地質はカルデラのシラス層で、これにろ過された良質で豊富な水が酢の仕込み水に適していました。さらに湾には港があり、福山町は藩への年貢米の集散地であったため原料の米が入手しやすく、薩摩焼の壷が簡単に手に入ったことも黒酢の生産を支えてきました。つまり、この地にはよい酢を作るために必要な、きれいな水、米、壷が手近かにいつもあり、発酵に最適の気候風土であったことが、世界でもめずらしい壷造り米酢を誕生させる要因となったのです。
のちに当地の名産品となり、戦前には24件の醸造所がありましたが、米が統制品となり原料入手の困難や安価な合成品に押されて、多くの同業者が転業するなかでも、原料を薩摩芋に変えて伝統製法を守った人物がいました。現在は、美食だけでなく健康を気づかう人々からも支持され、戸外の丘の上で昔ながらの壷仕込みで黒酢が作られています。
鹿児島県天然つぼづくり米酢協議会:TEL. 099-258-1777